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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1215号 判決

原告 山田栄一

被告 高木剛男

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二一一、六六〇円及びこれに対する昭和三七年一一月一一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「一、原告は昭和三五年四月一日被告からその所有に属する東京都世田谷区玉川瀬田町八一三番地所在、木造トタン葺二階二戸建店舗兼住宅一棟の向つて左側の一戸、延坪一五坪七合五勺(以下本件建物という。)を、期間昭和四五年三月末日まで一〇年賃料一カ月金一〇、〇〇〇円、敷金二〇〇、〇〇〇円の約定で権利金三〇〇、〇〇〇円を支払つて借り受け、時計商を営んでいたものである。

二、ところで、本件建物の敷地が東京都市計画事業環状第八号線道路拡張のため昭和三七年三月ごろ東京都第三特定街路建設事務所から移転の調査、交渉があり、原告は、右道路拡張のため本件建物から他へ移転しなければならなくなつたので、同年一一月一〇日被告と本件建物に関する賃貸借契約を合意解除し、同日本件建物を被告に明渡した。

三、原告が被告に対して支払つた権利金は賃貸借期間一〇年に対するものであり、本件建物を一〇年間使用収益しうる対価であるが、前記理由で本件賃貸借が二年七カ月一〇日で消滅し、残存期間七年四カ月二〇日は原告は本件建物を使用収益できなかつたのであるから、右期間中の権利金を日割で計算した二一一、六六〇円について被告は不当に利得し原告は同額の損失を受けた。

四、本件建物の敷地は昭和二五年三月建設省告示により一部私権の制限を受けた土地であり、右告示により被告は本件賃貸借当時前記道路拡張工事が切迫していたことを知つていながら、これを秘して、かかる事情を予期しなかつた原告と本件建物について賃貸借期間一〇年の契約を結び、三〇〇、〇〇〇円の権利金を要求し、原告にこれを支払わせたものである。

五、よつて、原告は被告に対し右不当利得金二一一、六六〇円およびこれに対する、合意解除の日である昭和三七年一一月一一日から支払ずみまで法定利息の支払を求める」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実中本件権利金が本件建物を一〇年間使用収益しうる対価であること、被告が本件賃貸借成立当時すでに道路拡張工事が切迫していたことを知つていたことを否認し、その余の事実を認め、抗弁として次のとおり述べた。

「道路拡張のため原告は移転するにあたつて、東京都より合計一、三六八、二二七円の移転補償を受け、その内六二一、三九〇円は東京都が道路拡張工事に伴う補償について定めた要綱第三六条に基く特別措置による補償であつて、右補償は建物の賃借人が他に同程度の建物を賃借するための資金として交付されるものであり、賃借人の受けていた場所的利益等の喪失に伴う補償であるから、その実質は権利金喪失による補償も含むもので原告の権利金喪失による損害はこれにより十分償なわれている。」

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり述べた。

「道路拡張のため移転にあたつて東京都から合計一、三六八、二二七円の移転補償を受け、その内特別措置による補償として六二一、三九〇円を受取つたことは認めるが、右補償金は環状第八号線道路拡幅工事地域の土地、家屋の所有者、土地家屋の賃借人等が均しく受けたものであり、東京都が被告に代つて補償したものではないから、原告の受けた損失は償なわれていない」

証拠〈省略〉

理由

請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件権利金の内二一一、六六〇円を原告が被告に対し返還請求できるかどうかについて判断する。

いわゆる権利金には各種の形態があり、営業権の対価またはのれん代にあたるもの、宅地、建物の使用そのものの対価として地代家賃の一部の前払にあたるもの、借地権、借家権そのものの対価として譲渡性を承認するもの、その他各種の混合形態を認めることができるが、一般的には建物の場所的利益に対する対価と見るべきである。本件の場合のように当初から賃貸借期間が一〇年間と明確に定められている場合には、その期間についての対価と目すべきであり、特別の事情のない限り、期間の途中で賃貸借契約が終了したときは、権利金を按分し、残存期間に相当する金額を返還すべきものと解するのが相当である。しかるに、各補償金受領の点は争いなく証人古屋利雄の証言(第一、二回)によれば、特別措置による補償会は環状第八号線道路、いわゆるオリンピツク道路について短期間に工事を竣工する必要から該地域に居住する住民等を短時日に移転させるため、事業促進上特別に認められた補償金であり、移転家屋の賃貸借の当事者間に権利金の授受があつたか否か等は考慮することなく、移転家屋の現実の使用者に該家屋と同程度の家屋を他に賃借させるために支払われ、仮に、被告が本件建物に住んでいたとすれば、同額の補償を得たであろうことが認められる。右事実によれば、原告は本件賃借権により本件建物を使用していたために右補償を得、被告は本件建物を原告に賃貸していたため、右補償を得られなかつたのであるから、右補償は本件賃借権に対する補償であり、原告の本件賃借権喪失による原告主張の損害は補償されているし、被告は本件賃貸借の解除により本件権利金の内原告主張の金額を利得していないものと解せざるを得ない。

よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳)

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